インフルエンザ脳症は予防接種で防げるか
ブログを見ていただいた方から質問をいただきました。
インフルエンザワクチンについての一連の記事を読ませていただきました。
私には小学生と幼稚園生の子供がおり、毎年この時期になるとインフルエンザワクチンを接種をするかどうかで悩みます。
ポイントは脳症を防げるか否かなのですが、ワクチン接種をしていてもなる場合があるという記事はたくさん読んだのですが、接種した人としていない人を比較して有効率を求めているような記事がなくて困っています。
結局、ワクチンを接種してインフルエンザの発症率を下げればそれに伴って脳症の発症率も下がると結論づけている場合が多いのですが、ワクチン自体が効かないのであれば、やはりワクチン接種は無意味ということになりますよね・・・?
どうお考えになりますか?
軽いインフルエンザならどうでもいいけど、インフルエンザ脳症にまでなったら怖い。そう考えている方はたくさんいらっしゃいます。インフルエンザワクチンが、インフルエンザ脳症を予防するのかどうかということですね。
話は長くなるのですが、まずはインフルエンザ脳症とはそもそも何なのか、ということから考えないといけないのです。
まぎらわしいのですが、「脳炎」と「脳症」とは違います。
脳炎とは、脳の中に病原体が侵入して繁殖し、炎症をおこすことです。日本で多いのは「ヘルペス脳炎」ですね。帯状疱疹をおこすヘルペスウイルスは、神経細胞に感染して繁殖するウイルスです。これが顔の神経に感染すると、顔面神経麻痺や難聴をひきおこし、更には脳にまで入り込んで脳炎をひきおこすのです。
脳症とは、脳の中に病原体が侵入していないのに脳がはれる(脳浮腫になる)という病気です。インフルエンザウイルスは、鼻やのどや気管支の粘膜にだけ感染して繁殖するウイルスですので、体内のそれ以外の部分では繁殖することができません。「インフルエンザ脳症」と呼ばれる状態では、脳がはれているのに脳の中にはウイルスは入り込んでいないので、「脳炎」ではなく「脳症」なのです。
では、「ウイルスが入り込んでいないのに、なぜ脳がはれるのか」ということになります。気管支でウイルスが繁殖しているのに、なぜ脳に影響がおよぶのかです。
病原体の中には体に侵入すると毒素を出すものもあります。例えば、O157という細菌は、腸の中の粘膜に感染して繁殖して腸からの出血をひきおこすのですが、同時に毒素を分泌します。この毒素のせいで腎臓がやられてしまうため、O157は怖いのです。
ところが、インフルエンザウイルスは毒素を出すことがありません。鼻やのどや気管支の粘膜の細胞を破壊するという悪さしかしないのです。ですから、ウイルスの出す毒素によって「インフルエンザ脳症」が引き起こされるわけではないのです。
ここで、医学会の中に二つの考え方があらわれるのです。
「インフルエンザワクチン推進派」の医者や製薬会社は、「インフルエンザ脳症がなぜ発生するのかはわからない」と主張します。そして、なぜ脳症が発生するのかをあれこれ詮索するのはやめにして、とにかくワクチンを接種することで脳症が減るかもしれない可能性に期待しようと主張するのです。
しかし、1998年に日本の厚生労働省が設置した「ワクチンで脳症は防げるか」の研究チームの研究結果では、ワクチンで脳症がちょっとでも防げるという証拠は見つけることができなかったのです。予防接種をしてもしなくても、脳症の発生率はまったく同じなのです。
「インフルエンザワクチン慎重派」の医者や研究者たちは、「インフルエンザ脳症」の発生状況が国によって異なることに注目します。インフルエンザの大流行が起こると、数ヶ月の間に世界中で流行が発生します。異なる国の異なる民族、異なる文化の人たちが、一斉にインフルエンザにかかるのです。その症状は世界で共通しています。
ところが、「インフルエンザ脳症」については発生する国と発生しない国とがあるのです。そして、それは「貧困な国か貧困でない国か」には必ずしも関係ありません。お金があって医薬品が多い国に「インフルエンザ脳症」が少ないのなら話はわかりやすいのですが、そうではありません。インフルエンザワクチンの接種率が高い国がインフルエンザ脳症が少ないわけではないのです。
「インフルエンザ脳症」が発生するか発生しないかの違いは、インフルエンザ患者がどんな薬を飲んでいるかの違いのようです。
昔は、インフルエンザだけではなく感染症で発熱すると、解熱剤としてアスピリンがよく使われていました。しかし、今では日本ではアスピリンは解熱剤としては絶対に使用禁止になっています。感染症の発熱の時にアスピリンを飲むと免疫反応の異常をひきおこして「アスピリン脳症」が起きるからです。
インフルエンザの大流行で大量の死者が出たスペイン風邪のころは、インフルエンザに対する薬は解熱剤アスピリンぐらいしかありませんでした。しかし、その流行の時にアスピリンを飲ませた患者の方が死亡率が高かったのではないかと言われています。
日本では、10年位前まではボルタレンとかポンタールとかいう解熱剤がたくさん使われていました。これも、脳症を引き起こすということがだんだんわかってきて、今ではインフルエンザの患者には使われていません。ボルタレンやポンタールの使用がされなくなってから、日本では「インフルエンザ脳症」の患者は減ったのです。
しかし、このようなタイプの解熱剤はアメリカやメキシコでは大量に使われています。新型インフルエンザ騒動の時にアメリカやメキシコでたくさんの死者が出たのは、これらの解熱剤による脳症が原因であった可能性があります。
インフルエンザ脳症というのは、インフルエンザ発症の直後に現れる脳症のことです。しかし、インフルエンザウイルスが原因というよりも、間違った解熱剤投薬による副作用で発生すると考えるほうが筋が通っているのです。
ですから、インフルエンザワクチンでインフルエンザ脳症が防げるはずはないと考えていいのです。
インフルエンザ脳症の予防で重要なことは、インフルエンザ発症の時の投薬を間違えないことです。市販の風邪薬でも、脳症を引き起こしかねない成分が平気で使われていますので要注意です。しろうと判断で飲んでもいい解熱剤はアセトアミノフェンくらいです。それ以外の解熱剤は脳症に限らず激烈な副作用の可能性があるので、医師の管理のもとで飲むようにすべきでしょう。
| 固定リンク
「薬害をくりかえすな!」カテゴリの記事
- インフルエンザワクチンが不足しています(2017.11.30)
- インフルエンザワクチンで腕が腫れた(2016.12.05)
- チメロサールフリーのインフルエンザワクチンはどこ?(2016.10.28)
- インフルエンザ 春になってやっとピークは終わったが(2016.03.21)
- インフルエンザ薬の予防投与は認められない場合も多い(2016.02.05)
コメント
早速の記事をありがとうございます。
つまり、インフルエンザによる脳症は解熱剤によるものであるということですね。
今まで脳症の患者さんの背景(どのような薬を飲んだのか・予防接種を受けたのか等)がわかる記事や論文がほとんどなかった事、またそれに触れている数少ない情報の中に、お子さんを脳症で亡くしている方のブログがあり、そこでアセトアミノフェンを飲んで直後に脳症になったという記述を読んだ事から、アスピリン系の解熱剤だけが原因じゃないんだろうなと思っていました。
脳症にはサイトカインの過剰分泌が関係していて、それは解熱剤によって引き起こされるだけでなく体質も関係していると思っていましたが、そうではないのでしょうか?
私は発熱に対して解熱剤を使用するのは、せっかくの体の防御反応を邪魔していることになり、かえって病気を長引かせるだけだと思っているので、解熱剤による脳症の心配はありませんが、体質も関係しているのならもう確率の問題ですよね。
でもこの記事を読んで、インフルエンザワクチンに対する自分のもやもやした気持ちに整理がつきました。
どうもありがとうございました。
投稿: ちょんた | 2012年11月23日 (金) 20時32分
お返事、ありがとうございます。
本来は体を病原体から守るための免疫物質であるサイトカインの過剰による病気、いわゆるサイトカインストームですが、まだ全容は解明されていません。
アレルギー反応の異常がなぜ起きるのかがよくわかっていないのといっしょです。一人の人の人生の中で、例えばスギ花粉症でなかった人が突然に花粉症になったりします。単にアレルゲンに曝露するだけが原因ではないのですが、そのメカニズムはいまだに謎につつまれています。
しかし、感染症のときの不適切な解熱剤の投与がサイトカインストームを発生させるリスクを高めることはわかってきています。リスクの高い成分が配合された風邪薬のCMがテレビで流されているのを見ると、しかも人気アイドルが笑顔で宣伝しているのを見ると、本当にコワイなあーって思いますよね。
私も、もう何年も解熱剤を飲んだことがありません。どうしても風邪薬を飲みたいという人が相談してきた場合には、アセトアミノフェンに限っては飲んでもいいと返答しています。歯痛などの耐えられない痛みにはイブプロフェンまたはロキソプロフェンに限って飲むようにしています。それ以外の解熱鎮痛剤は、医師の厳重な管理のもと(つまり入院中)でしか使用できないですよね。
投稿: みるめ | 2012年11月23日 (金) 23時26分
丁寧なお返事、本当にありがとうございます。
脳症に限らず、いまだに原因不明の病気のメカニズムが早く解明されればいいなと思います。
私たちは現時点でわかっている情報を基に行動するしかないので、インフルエンザに関していえば『効かないワクチンは打たない』『インフルエンザを発症したら解熱剤は使わない』ということを実行するのが一番だということですよね。それでももし脳症になってしまったら・・・それは考えても仕方のない事ですよね。
それと、何度も質問してしまって大変申し訳ないのですが、インフルエンザの治療薬についても質問させてください。
ここ数年、周りでタミフルを処方されて効いた人がいません。耐性ウイルスが蔓延しているということですよね。そこで去年、娘がインフルエンザにかかった時にイナビルを処方してもらえるところを探して受診したのですが、処方してもらったものの飲ませようかどうしようか大変迷い、結局うわごとを言いだしたので心配で飲ませてしまいました。今年も発症して症状が重かったらまた飲ませるか悩むと思います。タミフルは色々と副作用が報告されていましたが、イナビルはまだ発売して2年なのであまり情報が出てきません。このような薬に頼らず自然治癒したほうがいいとは思うのですが、目の前の子供が苦しんでいるのをみると、情報の少ない副作用を心配するより、薬を飲ませて少しでも早く治してあげたいと思ってしまいます。でも、どんどん治療薬を消費して耐性ウイルスを増やし、また新しい治療薬ができて・・・といういたちごっこの仲間入りをするのも気がひけます。
インフルエンザの治療薬についてはどう思われますか?何度もお手数をおかけして申し訳ありません。
投稿: ちょんた | 2012年11月24日 (土) 09時52分
インフルエンザ治療薬については、長くなりますので、記事本文にてご回答いたします。
投稿: みるめ | 2012年11月24日 (土) 20時23分
数年前の記事にコメント失礼します。
2015~2016年のインフルエンザ流行ではインフルエンザ脳症の患者数が過去最高となったそうです。
これは…未だに誤った解熱剤を処方している医者が多いということですよね…もっと問題になるべきことだと思いますが、そういう指摘がネットでは見られず非常に恐ろしいことだと思っています。
投稿: | 2016年3月21日 (月) 03時48分