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ドキュメンタリー「わすれない ふくしま」

 四ノ宮浩監督のドキュメンタリー「わすれない ふくしま」が大阪で上映されています。

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 絶対に忘れない、忘れられるはずがないと思っていた福島第一原発事故。しかし、二年がたつと日常生活にまぎれてだんだんと忘れていたのではないか、この映画を見てそう思いました。

 いや、忘れたとか言う前に、原発事故が起きたあとに福島で暮らし続ける人たちの姿をそもそも私たちが何も知らなかったのではないか、そう感じたドキュメンタリーでした。

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 福島原発事故から二ヶ月たったころ、福島県飯舘村の美しい山村では、いつものようにうぐいすが鳴いていました。しかし、目に見えない放射能がこの土地を蝕んでいたのです。ここに住む高橋さんの一家の生活にカメラは密着します。

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 高橋さんは建設業で働いています。妻はフィリピン生まれで、フィリピン人が多く働く工場で働いています。家の外は放射線量が高いので、洗濯物は家の中に干さなければいけません。しかし、家族で助け合って生活していました。

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 しかし、やはりここは放射線が高いので、放射能の低い土地へ避難しなければならなくなります。「ただちに人体に影響は無い、そうは言っても30年後のことを考えたら子供たちを避難させないわけにはいかない。」 住み慣れた家を離れて、台所も無い狭い家に一家は移ることになります。家族の一員であった犬のポチは連れて行くことが許されませんでした。そして、避難生活はたいへんなストレスを伴うものでした。

 やがて、近所の相馬市で酪農家が自殺したというニュースがとびこんできます。自殺した酪農家の妻がフィリピン人だったので、高橋さんの妻とも少し面識があったのです。

 カメラは自殺した酪農家の家に向かいます。「どんな思いでいるか。帰ってくれ」と取材を拒否する遺族たち。しかし、やがて妻と会うことが許されます。

 原発事故のせいで30頭の乳牛を処分せざるをえないところに追い込まれ、自宅の作業小屋で首をくくったのでした。そして、その作業小屋の壁には死ぬ直前に書いた遺書が残っていたのです。そこには「原発さえなければ」と書かれていました。

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 原発から20キロ圏内の南相馬では、避難した畜産農家に取り残された牛たちが大量に餓死していました。死屍累々の惨状。これはまさしく戦争なのだと思いました。

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 子どもたちも避難をしいられ、友人たちとも別れ別れになっていきます。そして、将来の健康の不安が重くのしかかってきます。

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 四ノ宮浩監督は、フィリピンの貧困地域で生きる子どもたちの生活に密着したドキュメンタリー映画で評価の高い方です。今回は福島原発事故被災地で生きる人々の生活に迫る映画を作ってくれました。上っ面をなでたような表面的な映像ではなく、福島でいきる人たちの心の傷と悩みの奥深いところまで、優しく静かなタッチで描き出しています。

 ぜひ、一度ごらんになってください。

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