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感激!キム・ジンスクさんと大阪でお会いしました

 12月5日、韓国のキム・ジンスクさんが大阪に来られて、お会いすることができました。

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 感激です。キム・ジンスクさんはよく通るハツラツとした声で語りました。

 「高いクレーンの上は、ゆらゆらといつも揺れています。それに慣れてしまったおかげで、クレーンから地上に降りたあと、地面が揺れているように感じて気分が悪くなりました。」

 韓進重工プサン造船所の85号クレーンに309日間たてこもって、仲間の解雇の撤回を求めたキム・ジンスクさん。冬にはマイナス13度にもなったという過酷な状況で暖房も冷房もないクレーンの操縦室で生活したのは、どんなにたいへんだったかと思います。

 「食べ物をクレーンに持って上がることを、警備員は邪魔しませんでしたか?」という質問をしました。

 「ファン・イラさんがクレーンの下でおかゆを炊いたのを、警備員は持って上がるのを妨害しました。食べ物が無くなればおなかがすいて降りてきちゃうと考えたんですね。なんと、資本の浅はかな想像力でしょうか。クレーンの上にはチシャやイチゴが植えてあったので、それを食べることができたのです。私は、クレーンの上で農業をしていたのです。」キム・ジンスクさんはユーモアたっぷりに語ります。

 もちろん、クレーンの上で栽培することができた野菜は充分な量ではありませんでした。

 「私は、ツイッターで警備員が食糧を持って上がることを妨害していると書きました。すると、韓進重工やプサン警察に市民の抗議電話が殺到し、業務ができない状況になったのです。それで、警備員も食糧だけは持って上がることを許可したのです。市民の力が警備員を動かしたのです。」

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 強い信念と、働く仲間への愛と、したたかなユーモアのセンスを持つキム・ジンスクさん。しかし、それだけでは勝つことはできなかったと思います。キム・ジンスクさんのクレーンたてこもりを支えたのは、何万人という市民でした。韓国全土から希望のバスに乗った市民が「キム・ジンスクに会いたい。キム・ジンスクに会わせろ。」とクレーンに押しかけたおかげで、国会までもが動いたのです。

 私たちは、キム・ジンスクさんがクレーンの上にいる時から、その動向をこのブログで発信してきました。生きて会えることはないかもしれないと悲壮な気持ちになったこともありました。しかし、希望のバスが文字通り希望をつなぎ、韓進重工の解雇問題に一定の前進が見られたおかげでキム・ジンスクさんはクレーンから生きて降りてくることができました。そして、今回は大阪でお会いすることができたのです。うれしくて、うれしくてたまりませんでした。

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 長いクレーンたてこもりで、体も疲れていると思います。ぜひ、これからもお体を大切にして元気に活動していただきたいと思います。

 キム・ジンスクさんと希望のバスについては、ドキュメンタリー映画「塩花の木、希望のバスに乗る」に詳しく描かれています。DVDが欲しい方は、なかまユニオンまでご連絡ください。また、キム・ジンスクさんの書いた手記「塩花の木」の日本語訳がこのほど出版されました。大きな本屋には売っていますし、AMAZONでも手に入ります。

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