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カメジローの心は生きている・不屈館 [沖縄紀行・その10]

 那覇市若狭にある「不屈館」に行ってきました。

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 不屈館は、瀬長亀次郎さんの生涯を展示した資料館です。

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 瀬長亀次郎さんは、1907年に沖縄の豊見城村に生まれました。戦後にうるま新報(現在の琉球新報)の社長に就任しましたが、沖縄人民党の結成に関わったことをアメリカ軍に嫌われ、社長を辞めさせられてしまいました。

 1956年には那覇市長に就任しましたが、またしてもアメリカ軍に嫌われ、軍の布令一本で市長を解任されてしまいました。アメリカ軍が市長をクビにできるなんて、ひどい話です。戦後の沖縄を占領していたアメリカ軍の権限というのは、たいへん大きく横暴なものだったのですね。

 その後はアメリカ軍犯罪に抗議する運動や復帰闘争等に取り組み、1970年には衆議院議員に当選しました。沖縄の施政権返還後は、日本共産党の議員として活躍しました。

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 「不屈」は、瀬長亀次郎さんが好きだった言葉です。権力を持つものがどんなに横暴にふるまっても、庶民の目線で正しいと思えることはあくまでも正しいと主張し、やられてもやられてもまた立ち上がっていく、それが亀次郎さんの生き方でした。 

 共産党の人ですが、沖縄では保守的な人たちのあいだでも根強い人気があります。
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 亀次郎さんは2001年に亡くなりましたが、沖縄の現実は変わっていません。亀次郎さんが生きていたら、凛とした声で告発の演説を始めると思います。

 アメリカ軍による独裁は終わったとはいえ、沖縄はアメリカ軍の基地による重圧に苦しんでいます。辺野古のサンゴ礁の海を埋め立てて新基地を建設するなどという、身勝手な計画が今も日米政府によって画策されています。 

 また、私たちが沖縄を訪れた直前に、アメリカ軍の元海兵隊員によって、うるま市在住の女性が殺害されて遺棄されるという、息をのむほどおそろしい事件も発生しました。アメリカ軍の軍属が犯罪をおかしても、「日米地位協定」という謎の日米密約によって罪を問われず、無罪放免で逃げてしまうことが繰り返されてきました。沖縄の人たちは「怒りは限界を超えた」と叫んでいます。

 沖縄の人々の心の中に、亀次郎さんは生きています。踏みつけられて終わってしまうのではないのです。

 不屈館館長の内村さんが、女性殺害遺棄事件について書いているので、紹介したいと思います。(不屈館のウェブサイトからいただきました。) 
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不屈館のウェブサイトはこちらから

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