金子文子と朴烈・96年前の実話が現代によみがえった
映画「金子文子と朴烈(パク・ヨル)」を見てきました。
96年前に起きた関東大震災の後に、東京で起きた「朴烈事件」。その実話を映画化したものです。
朝鮮の慶尚北道(キョンサンブット)生まれの青年パク・ヨルは、東京で人力車を引く仕事をしていました。
そこへ訪ねてきたのが金子文子。文子はパク・ヨルが書いた「犬ころ」という詩に魅かれて、同棲しようと心に決め、提案しました。初対面で「同棲しよう」って、大胆な人ですが、それほどに魅かれるものがあったのです。強烈な孤独、そして強靭な反骨の意志。
犬ころ
私は犬ころである
空を見てほえる
月を見てほえる
しがない私は犬ころである
位の高い両班の股から
熱いものがこぼれ落ちて
私の体を濡らせば
私は彼の足に
勢いよく熱い小便を垂れる
私は犬ころである
パク・ヨル
当時の朝鮮は、日本の植民地でした。朝鮮人は日本人よりも低い存在だと馬鹿にされていて、犬ころのように扱われていたのです。文子は日本人でしたが、貧困な家庭に生まれ、やはり家畜のような扱われ方をしていました。二人は、それぞれの境遇が生み出した生き方に魅かれあったのです。
二人は恋人として、そしてアナキストの同志として同棲を始めます。アナキストは、国家権力というものを認めません。あらゆる権威を認めません。人は自分の自由意思で生きるものだと考えます。アナキストらしく、二人は二人の誓約書を作ります。
同志誓約
一つ 同志として同棲すること。
一つ 金子文子が女性であるという観念を取り除くこと。
一つ 一方の思想が堕落して権力者と手を結んだ場合には、直ちに共同生活を解消すること。
パク・ヨルは文子が働くおでん屋にアナキストの朝鮮人の仲間たちを集めて、社会主義をめざす活動を開始します。このおでん屋は「社会主義おでん」と呼ばれていました。(ちなみに、このおでん屋は今も東京都内で大衆食堂として営業しています)
爆弾を爆発させて世間をあっと言わせてやろうかなどと考えるのですが、爆弾が手に入るあてもありません。爆弾を買う金もありません。
9月1日、大きな地震が東京を襲いました。倒壊する家、ひび割れる大地。しかし、その直後にもっと恐ろしいことが起こったのです。
「朝鮮人たちが暴動を起こす」「朝鮮人たちが井戸に毒を入れる」そんな噂が流れ、日本人のヘイト団が朝鮮人を竹やりで殺害し始めたのです。何千人もの朝鮮人が殺害されました。「話す言葉がおかしい」というだけで、東京以外の地方出身者も朝鮮人とみなされて殺害されたケースもあったのです。
「朝鮮人が暴動をおこす」という噂を流したのは警察でした。警察は、朝鮮人たちを逮捕し始めます。
パク・ヨルと文子達は、警察署の中のほうがヘイト団に襲われるよりは安全だと考え、警察に逮捕されることを選びます。しかし、警察の中にまでヘイト団が乱入してきて竹やりで殺戮を始めたのです。
関東大震災の直後に首都東京で発生した大量虐殺。治安管理の責任を問われる政府は焦ります。「朝鮮人の中に本当に暴動を起こそうとたくらんだ奴がいたのだ」と、何とか立証しなければならないはめに陥ってしまったのです。
治安担当の内務大臣と警察官僚は、アナキストであったパク・ヨルに白羽の矢を立てました。こいつなら、何か悪いことをしていたと罪をなすりつけることができるだろうと。
判事による取り調べが始まります。しかしパク・ヨルも文子も権力に屈するくらいなら死んだほうがましだと考えているアナキストです。判事の思い通りにはなりません。
そして、「皇太子に爆弾を投げつける計画をしていた」と、できるはずも無い計画を自白し始めたのです。「パク・ヨルと文子と二人で計画した。ほかの連中は関係ない」と、二人で罪を背負うことにしたのです。当時の法律では天皇や皇太子を殺そうとすることは「大逆罪」と呼ばれ、それは死刑を意味していました。
日本人弁護士の布施辰治は、二人の弁護を引き受けます。「これは捏造だろう」と何とか死刑を回避しようとする弁護士。しかし、二人にはある考えがありました。
二人は、牢獄の中でも闘います。ハンストをしたりして、自分たちが人間であることを認めさせていきます。やがて、牢獄の監守や、判事にも、二人の生き方が少しづつ伝わり始めます。何かが動き始めます。
そして、いよいよ法廷が開かれるのです。死刑判決が出ることは間違いない法廷。しかし、そこの主人公は裁判長ではなく、文子とパク・ヨルでした。
映画のポスターにもなった、「怪しい写真」。これは実在する写真です。写真の中の二人が、100年の時を超えて現代に生き返ったような、迫真のリアリティあふれる映画でした。
どんな暴力も、人間が人間らしく生きようとすることを止めることはできません。それが、人間の尊厳というものです。二人は、そのことを私たちに伝えてくれているのです。
それにしても、韓国人の俳優が完璧に日本人役をこなしていたりして、あらためて東アジアの文化圏の国境を越えた広がりを感じます。日本人って何なのか、朝鮮人って何なのか、考えさせられた映画でした。
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