今、問題の「働き方改革」。とりわけても、「高プロ」が大問題になっています。しかし、「高プロ」って言っても何だかよくわからないし、自分とは関係ないようにも思えます。そこで、当ブログは仮想タイムマシーンを開発しました。高プロ契約制度が実際に導入されてしまった数か月後の近未来の様子を覗き見てみることにしましょう。
ブラック・テクノロジー社の中堅社員ハチカズキさんが、何やら課長と話しています。

ハチカズキ 課長。来月の残業予定申請書をお持ちしました。
黒原課長 ああ、ハチカズキ君か。そこに置いておいてくれたまえ。良いところに来た。ついでに、この書類にサインしてハンコを押してくれないかな。
ハチカズキ はい。この書類ですね。これは、・・・・これは何の書類ですか。
黒原課長 自分の名前をサインして、ハンコを押してくれたら、それでいいから。
ハチカズキ えー。なんか、見たことない書類なんですけど。「特定高度専門業務・成果型労働制契約書」って、なんですか。
黒原課長 君の、来年度からの雇用契約書だよ。わが、ブラック・テクノロジー社では、会社のより一層の発展のために、政府の決定した働き方改革を率先して推し進めることにしたんだ。それで、社員全員が、新しい雇用契約を結ぶことになった。
ハチカズキ 新しい雇用契約とおっしゃると、何か条件が変わるということなのですか。
黒原課長 変わるところは変わるんだよ。ほら、今日持ってきてもらった残業予定申請書。あんなのをいちいち書くのはわずらわしいとは思わないかね。
ハチカズキ 確かに、来月の残業の予定なんてわからないし、それを予想して書くのは面倒ですね。
黒原課長 だろう!だから、もっとシンプルに働きやすくしようということなんだ。君も知ってるだろう、「高プロ契約」を導入するんだよ。これで自由に働けるんだ。
ハチカズキ 「高プロ」って、確か国会でもめてた法案ですよね。野党が反対したけど安倍晋三総理が強行採決しちゃったってやつでしょ。
黒原課長 そうそう。せっかくできた「高プロ契約」制度を、わが社は率先して導入することにしたんだ。
ハチカズキ ふーん。ここに、「年間俸給見込み」って書いてありますよね。わっ!1075万円て書いてある。これって、年俸1075万円になるってことですか。えっと、今の3倍じゃないですか。こんなに賃上げしていただけるんですか。ありがとうございます。
黒原課長 いや~、勘違いしてもらったら困るな。実際にそんなに上がるわけじゃないんだな。
ハチカズキ 上がらないんですか。でも、そう書いてある。
黒原課長 その額は、あくまでも年間賃金の見込みなんだ。よく見てみろ。下に、契約労働時間が書いてあるだろ。
ハチカズキ あぁ、一年間の契約労働時間は6264時間って、書いてありますね。
黒原課長 君、実際にそんなにたくさん働くか?
ハチカズキ えっ?1年に6264時間って、よくわからないけど。ちょっと待ってくださいね、今、電卓を出しますから。6264を365日で割ったら、答えは17.16。つまり、1日当たり17時間の仕事っていうことか。えーっ?そんなに働けるわけないでしょ。
黒原課長 だろー。6264時間働くものとみなして、年俸が1075万円になるという契約なんだ。実際にはそんなに働けないから、働かなかった分が給料から差し引かれる。これを「欠勤控除」と言う。
ハチカズキ はぁー?
黒原課長 このかんの実績から言えば、実際の君の年間労働時間は2000時間といったところだね。つまり、契約労働時間6264時間の約3分の1だ。だから、働かなかった分を差し引くと、年間の給料は1075万円のだいたい3分の1になるということだな。
ハチカズキ 1075万円の3分の1。つまり、358万円か。なーんだ、今までといっしょじゃないですか。
黒原課長 だろー。世の中、そんなに甘くはないということさ。
ハチカズキ よくわかりませんけど、じゃあ、なぜ、契約時間6264時間で年俸1075万円なんて契約書を作るんですか。
黒原課長 それはさあ、大人の事情さ。年間俸給見込み額が1075万円以上ないと、「高プロ契約」は結べないんだよ。「高プロ」ってさ、「高度プロフェッショナル」ということだから、あくまでも名目上は高賃金の人の雇用契約の形なんだ。
ハチカズキ じゃあ、本来は私のような一般ピープルの社員は、対象じゃないということなんですか。
黒原課長 法律の趣旨では、そうなっているんだなあ。でも、それは建前。
ハチカズキ えーっ?なんか、それって、ちょっとヤバくないですか。良い意味じゃなくて悪い意味で。
黒原課長 まあ、わが社としては、せっかく政府の推進する働き方改革であるからして、積極的にこれに取り組んでいこうと、まあ、そう考えておるわけだ。政府の定めた法律がそうなってるんだから、何も悪いことはないんだよ。これは、うちの顧問弁護士の黒井法律事務所もお墨付きなんだ。だから、心配しなくていいからね。
ハチカズキ そこまでして、「高プロ契約」にしたら、何かいいことあるんですか。いいことあるからするんですよね。課長。
黒原課長 そりゃそうさ。「高プロ契約」はいいとこだらけだ。
ハチカズキ 例えば?
黒原課長 例えば、残業代が割り増しにならない。
ハチカズキ はぁ。・・・ はいーっ?
黒原課長 これまでの契約だと、残業したら25%増しの給料を会社は払っておったわけだ。ところが高プロ契約をすると、割り増しがない。どうだ、ハチカズキ君。経費節減になると思わないかね。
ハチカズキ それ、私としてはうれしくないんですけど。
黒原課長 例えば、1日24時間働いても、労基署に怒られない。
ハチカズキ 1日24時間働けっていうことですか?
黒原課長 その必要があれば。ってことさ。君も、急な仕事が入ったりして、1日24時間どころか25時間も26時間も働きたい日があるだろ?
ハチカズキ 1日に25時間も、どうやって働くんですか?
黒原課長 いや。それはものの例えだよ。高プロ契約では、1日24時間の仕事をする日がたとえ1週間続いたとしても、OKなんだ。これまでの雇用契約だと、仕事は1日に8時間、1週間に40時間までという厳しい縛りがあって、それをこえて残業するためにはややこしい手続きが必要になる。ちょっとでも問題があると、すぐに労基署が飛んできて怒られるから、会社としてはやりにくくて仕方なかったんだ。
ハチカズキ 24時間の仕事が1週間って、そんなに働いたら過労死してしまいます。
黒原課長 そこなんだよ、そこ。君、いいこと言うねえ。これまでの雇用契約では、長時間労働で体をこわして労働者が死んだりしたら、そりゃあ労基署からこっぴどく怒られたんだよ。でも、「高プロ契約」なら大丈夫。なにしろ、1年間に6264時間も働きますって、本人が契約書にサインしさえすれば、それで何が起きても本人の自己責任ということになるんだ。これで、過労死はこわくない。もう、労基署から怒られることもない。
ハチカズキ 課長。ダイジョーブですか?
黒原課長 何が?
ハチカズキ 何がって、課長。そんな本当のことを言っちゃったら、私がそんな契約書にサインすると思いますか。
黒原課長 えっ!?会社にとってうれしいことは、社員にとってもうれしいことだろ?当然、サインしてくれるよな!
ハチカズキ すみません。ちょっと、考えさせてください。
黒原課長 なっ、何を考えるんだっ!
ハチカズキ だって、明らかに過労死を推進するってことじゃないですか。この会社、か・な・り・ブラックだと思ってましたけど、ここまでとは思いませんでした。
黒原課長 なんだ。君、サインしないのか?俺の言うことがきけないのか?そんなの許さないぞ!。
ハチカズキ サインしていいものか、なかまユニオンに相談してから決めます。
黒原課長 なぁーにぃー?なかまユニオンだとぉー?
ハチカズキ はい。知り合いがいるんで。
黒原課長 あ。たっ、頼むからそれだけはやめてくれ。なかまユニオンは労基署よりもコワいんだ。俺、あの、なかまユニオンの団体交渉ってやつで、ひどく怒られたのがトラウマなんだ。
ハチカズキ 課長のトラウマより、私の健康の方が大切ですよ。なんで、こんな「高プロ」なんてできちゃったんだろ。ひどい話です。じゃあ、課長、そういうことで失礼します。
黒原課長 あっ、待ってくれ。安倍晋三総理が決めた法律通りにやってるだけじゃないか。
ハチカズキ 安倍晋三総理も、課長も、あいそがつきました。
黒原課長 とにかく、俺のことをなかまユニオンに言いつけるのだけはやめてくれ。助けてー!
ハチカズキ 助けてほしいのは、こっちですっ。
