次のようなお問い合わせをいただきました。
今後どの様に運用されるか分からないマイナンバーを会社に教えるかどうか迷っています。どうしたらよいのでしょうか?
会社の指示に従わない非正規は更新されないのでしょうか?死活問題です。
ご指導お願いします。
ご心配、ごもっともです。
問題は二つあります。一つ目は、マイナンバーが危険極まりない制度であると言われていることです。個人情報の漏えいや詐欺被害などを警告する声がわきあがっています。いくらマイナンバーは便利なのだと宣伝されても、ぜんぜん信用できないのです。使いたいとは思えません。
二つ目は、そうであるにも関わらず、企業で働いている従業員はマイナンバーを通告しろと言われていることです。使いたくもない、教えたくもないマイナンバーを、強制的に通告しろと言われてしまう不条理があるわけです。
まず一つ目から見ていきましょう。
マイナンバー詐欺は、すでに始まっています。実害が出ているのです。
「あなたのマイナンバーを教えてくれ」という不審な電話がかかってきた事件は数知れず発生しています。マイナンバーの通知書そのものを持ち逃げされたなんていう事件も発生しています。
それ以外にも、ありとあらゆる芝居をうって、マイナンバーがらみの詐欺が発生しているのです。警察や役所も、マイナンバー詐欺に気を付けようというキャンペーンを始めています。
しかし、これらはまだ序の口です。プロの詐欺師集団が狙っているのはもっと大掛かりな「なりすまし詐欺」なのです。
現在発売中の週刊プレイボーイでも特集が組まれていますが、「なりすまし詐欺」はすさまじい規模におよぶと予想されています。
企業が従業員のマイナンバーを集めなければならないと義務付けられてしまったせいで、今後、日本中のすべての企業に膨大なマイナンバー情報が蓄積されることになります。そうすると、インターネットを使って企業のコンピューターに不正アクセスすれば、マイナンバー情報を盗み放題になるのです。
セキュリティーの優れた官庁からでも個人情報がもれてしまうことは、年金機構の情報漏れ事件ではっきりしました。ましてや、セキュリティー対策に金をかける余裕の無い中小企業などはネットクラッカーたちにとっては良いカモなのです。
もし、あなたのマイナンバーが詐欺師集団の手にわたってしまったら、どういうことが起きるのでしょうか。
マイナンバーの情報がわかれば、偽造のマイナンバーカードを作るのは詐欺師集団にとっては簡単なことです。
そうすると、まず、あなたの名義で勝手にクレジットカードが作られてしまいます。銀行口座からお金が引き出されるかもしれません。あなたの名義で勝手に架空の銀行口座も作られてしまいます。年金を受け取っている人であれば、その年金の振込先を、架空の口座にされてしまうかもしれません。
あなたの名義で賃貸アパートの部屋が借りられてしまうという手口もあるそうです。なにしろ、マイナンバーがあれば住民票そのものをそこに移転することができるのです。そして、そのアパートが詐欺犯罪の拠点として使われるのです。警察が詐欺師集団の捜査を進めると、あなたの名義で借りられている物件が犯罪のアジトだということが浮上し、あなたが警察に呼ばれるという事態もおきるかもしれません。
マイナンバーが漏れることで、詐欺の被害にあうだけではなく、知らない間に詐欺師集団の手先として利用されてしまうこともあるわけです。
二つ目の問題点です。
マイナンバーを使うか、使わないか。これは、マイナンバーの法律上は、本人が決めることになっています。「私はマイナンバーは使わない」という人がいたら、それは尊重されなければならないのです。
ところが一方で、企業には従業員のマイナンバーを集めることが法律で義務付けられています。ここに、矛盾があるのです。
企業は、税金の源泉徴収や社会保険の手続きのために従業員のマイナンバーを所定の書類に書き込まなければなりません。そのために、従業員に「マイナンバーを教えてくれ」と求めなければなりません。
では、従業員が「私はマイナンバーを会社に教えたくない」と言ったらどうなるのでしょうか。
企業側は、何回も何回も、従業員に頭をさげて「マイナンバーを教えてください」とお願いするしかありません。それでも従業員が教えてくれなかった場合には、「会社としては教えてくださいと何回もお願いしたが、教えていただけませんでした」という記録を残しておくことが必要になります。
あっけないことに、それで終わりです。企業としてはマイナンバーを教えてもらうように手を尽くしたということを証明できれば、それで企業の責任は果たしたことになるのです。
「マイナンバーを教えたくない」と思う人は、会社にはっきりと「私は教えない」と告げることが必要です。態度があいまいな場合は、会社側は何回でも尋ねることが義務付けられているので、会社側も決着がつかなくて困ります。「私はマイナンバーを使わないし、教えない」とはっきり会社に告げれば、法律上はそれで終わってしまうのです。なんの不利益もありません。
ところが、おかしなことに「マイナンバーを会社に言わないと解雇されるよ」と言いふらしている人たちがいるのです。マイナンバー推進派の社労士の皆さんです。
法律上は、マイナンバーを会社に教えないことは何の問題もないし、不利益はありません。マイナンバー推進派の社労士は、それではマイナンバーを使わない人が増えてしまうから、何らかの形でマイナンバーを強制しようと企んでいるのです。
それが、就業規則でマイナンバー通知を義務付けるというものです。就業規則の中に、「マイナンバーを会社に通知することは従業員の義務だ」という一文を入れるということです。
従業員が就業規則に違反した場合、罰則があるのが普通です。就業規則で最も重い罰則は解雇です。
「マイナンバーを会社に教えないと解雇されるよ」と言いふらしているマイナンバー推進派は、すべての会社が就業規則の中でマイナンバーを教えることを義務付けようと主張しているのです。というか、「マイナンバー通知は従業員の義務だ」と書いた就業規則の見本を、一冊10000円くらいで各企業に売りつけようという商売をしているのが、そのようなマイナンバー推進派社労士の皆さんなのです。
ちょっと、待ってください。
本当に、就業規則の中でマイナンバーの通知を義務付けることが可能なのか、そしてマイナンバーを教えない人を解雇することができるのか、という問題があります。法的に、本当にそれが可能なのかということです。
従業員がマイナンバーを会社に教えなくても、その人はマイナンバー法に違反したことになりません。また、会社の顧客に迷惑や損害をかけるわけでもありません。同僚に被害を及ぼすこともありません。マイナンバーを教えるか教えないかは、プライベートなことなのです。
しかも、これだけマイナンバーの情報漏えいが社会問題化している時に、プライバシーに深くかかわるマイナンバーを教えたくないというのは、本人の感情としても実利害としても当然のことなのです。
こういう場合は、就業規則の中に「従業員はマイナンバーを会社に教えることは義務だ」と書くことはできないのです。せいぜい、「従業員は会社のマイナンバー調査に協力してください」としか書けないのです。このような表現であった場合、協力に応じることができなくても必ずしも処罰の対象になるわけではありません。
マイナンバー通知を拒否する従業員に対しては、会社は軽微な処分である「けん責」すらできそうにないし、ましてや重大な罰則である解雇などをすれば、逆に会社の方が解雇権の乱用として労働基準法違反になってしまう。このあたりが、マイナンバー推進派ではあっても弁護士さんたちの共通認識になっているようです。
もう少し深く掘り下げると、就業規則の有効性の問題があります。
「従業員はマイナンバー調査に協力してくれ」という就業規則を企業が作る場合、それならそれで4つのハードルがあるのです。
①就業規則の改訂について、職場の労働組合か過半数従業員代表の意見を聞くこと。
②職場に労働組合がある場合には、就業規則の改訂による労働条件の不利益変更が合理性を持つことを説明し納得を得ること。
③改訂した就業規則を労働基準監督署に届け出ること。
④改訂した就業規則を、該当する従業員全員にもれなく周知徹底すること。周知徹底とは、就業規則を印刷して全員に配布するか、全員が見ることができる場所に就業規則を設置することです。そして、就業規則が改訂されたこと、必ず就業規則を読んでおくようにということを全員に入念に知らせなければなりません。
実際には、就業規則を作っていない企業すら日本にはたくさんあります。今から、全国の企業が就業規則を作成する4つのハードルを越えるのは、なかなか骨の折れることです。「マイナンバーを会社に教えないと解雇されるよ」などと不正確なことを言いふらしているマイナンバー推進派の人は、就業規則の実態についてあまりご存知ではないのかもしれませんね。
とにかく、マイナンバーは怖い。安全性が確認できるまではマイナンバーは誰にも教えない。悪いけど会社にも教えない。マイナンバーを会社に教える必要があるなんていう規則は見たことがないけど、もしあるのなら見せてほしい。これをはっきりと言うことができるかどうかですね。